ミニドラマ「Viaggio in Amalfi」 前日譚SS

「ねえねえ、楊? どうしたノ、あの子。怒ってるんじゃナイ?」
「ふむ」
 言われてみれば確かに機嫌が悪そうではある。
 構ってやっても視線を外す上、今朝から唇を引き結んでばかりで笑顔を見せようともしない。
「あ、怒らせるようなコトしたんデショー」
「心当たりナイ?」
 双子は身を乗り出して尋ねてきた。
 フェイは普通に疑問らしいが、ランは完全に楽しんでいる。
「黙ってるってコトは身に覚えあるんデショ!」
「ない」
「楊、嘘良くナイ。正直に言ってヨ。どうせあの子との約束破ったりしたんデショ」
 双子を見返し、逆に尋ねる。
「俺が約束を守ると思うか?」
「思わナイ」
「破るのが平常運転ダネー」
「その程度のことで今更へそを曲げるなど……」
「楊、駄目。男と女の仲は積み重ねヨ」
「雨垂れ石を穿つ、ネ」
 ガキどもが知ったふうな口を利く。
「キリキリ白状するとイイヨ。最近どんな意地悪したノ?」
 閨での『約束』はそれこそ当たり前に破るが。
 ガキ相手に夜伽の機微を論じるのも馬鹿らしく、俺は嘆息の後、適当に記憶を探った。
「……俺と出掛けたい、と珍しく可愛げのあるねだり方をしてきたので承諾した。が、当日、急な仕事が入ってな」
「それ、先週デショ。ボク知ってる。その日、あの子すごく楽しそうに出掛ける準備してたからネ」
「最低ネー、楊。ちゃんと謝った?」
「代替として別日に出掛ける約束をした。が、その日は出掛ける気分にならず、昼は寝ていた」
 柄にもなくランが深刻な顔で言う。
「……アタシ、楊のコト好きヨ。ケド、それはホントに駄目だと思うノ」
「俺が従うのは他者ではなく、己自身の求めだ」
「格好良く言っても駄目ヨ」
 あの日は夜の取引が無駄に長引き、部屋に戻ったのは朝方になっていた。
 寝て当然だ。
「いい、フェイ? 楊みたいにならないでネ」
「大丈夫ダヨ、ラン。たぶん今でもボクのほうが楊より女の子に優しくするの上手いネ」
「言ってくれる。優しいだけの男に価値はないぞ、フェイ」
「男の趣味は人それぞれだから置いとくケドー。楊、もっとあの子を大事にしなきゃ駄目ヨ。楊の相手ができる子なんて滅多にいないノ、わかってるデショ」
 確かに稀有ではある。
 気に入った理由はそれなりにある上、愛着も出てきたが未だ飽きは来ない。
「あーあ、可哀想ネー。謝ったほうがイイヨー」
「機嫌取らないと愛想尽かされるヨー。老鼠出てっちゃうかもネー」
「…………」
 囃し立てる双子が鬱陶しい。
 俺は無言で席を立つ。

 部屋に戻ると、女は寝台で本など読んでいた。
 無造作に隣に座ると女の肩が少し強張る。
 気づいているくせにこちらを見ない。
 やはり機嫌は悪いのか。
「……………物見にでも行くか」
 女は驚いたように顔を上げる。
「少し時間が空いた。2泊程度なら構わん。好きな行き先を選べ」
「いいの……?」
「ああ」
 女は花咲くように顔を綻ばせた。
「……うれしい」
 目論見通りに事が進み、俺は小さく息を吐く。
 女の機嫌を取るのは容易い。
 特に、この女の性質などガキどもより俺のほうが熟知している。
 放っておいてもいずれ勝手に立ち直った。
(しかし、あまり長く機嫌を損ねられても俺がつまらん)
 だから今回は目先に餌をぶら下げてやった。
 ……それだけで、それ以上の意味はない。


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