Method.1 Method.2 Method.3

▼Method.1 問題児と優等生の場合
(遊馬悠叶×飛鳥恵一)
『きみのいる教室』

掃除を始めているクラスメイトたちの喧騒の中に、時折よく通る声が聞こえる。

「そこ、まだ掃いてないだろう」
「え〜、委員長こまかい」
「四角い教室を丸く掃くな」

自分でも丁寧にほうきをかけながら注意している恵一の様子に、悠叶は自分の口角が勝手に上がるのを感じていた。
学校の掃除くらい、手を抜けばいいのにと思う。ホント、真面目。
でも、誰が見ていなくても、何に対しても、変わらず真摯な態度を取る恵一だからこそ、自分を受け入れてくれたのだと思う。
にやけそうになる口元を引き締めていると、見ているのに気づかれた。
軽く手を振れば、恵一が溜息をついてからこちらに大股で歩いて来る。
笑顔で抱きつく、なんてことは当然なくて、窓にもたれている悠叶の前に仁王立ちした恵一の眉間には、くっきりとしわが刻まれていた。

「どうしたの、恵ちゃん」
「どうしたの、じゃない。堂々とサボるな」
「サボってないって。ちょっと休憩してるだけ」
「休憩なら掃除のあとにしろ。第一お前、中庭の当番だろう」
「あれ、そうだっけ?」

とぼけたところで恵一が見逃すはずがないということはわかっている。
それでもつい絡んでしまうのは、気にかけてほしいからだ。
好きな子が自分を見てくれることほど、楽しいことはない。
たぶん、恵一は悠叶のこんな気持ちまでは気づいていない。
見つめられるだけで、初恋をしたばかりの中学生みたいに胸をときめかせているなんて。

「どうせわかってるんだろう。さっさと中庭に行け」
「やー、今日はやる気がお出かけしてて」
「強制的に連れ戻してやってもいいが?」

恵一はにこりとも笑わないまま、右手を握り込んだ。
案外、すぐに手が出るタイプだということは身にしみている。
ここは早めに降参したほうがよさそうだ。

「帰ってきました! やる気!」
「……まったく」

恵一の唇に淡い笑みが浮かんだ。
鼓動がひとつ跳ねて、半ば無意識に頬に手が伸びる。
白い肌に、ほんの少しだけ指先が触れた。

「悠叶?」
「今、すっごく恵ちゃんにキスしたい」
「なっ……場所をわきまえろ」

恵一は慌てて周りを見回し、声を潜める。頬が少しだけ赤くなっていた。
ふいに隙を見せられるとこっちとしても困る。
怒られるだろうな、と頭の中でわかっているのに、どうしようもない。

「みんなから見えなかったらいい?」
「え?」

カーテンを勢いよく引き、恵一の身体を抱き寄せた。
自分たちとクラスメイトたちとに分かれた白い空間で、柔らかなそれに唇を重ねる。
キスをするほんの少し前、恵一が目を閉じたのがわかった。
いいよと言ってくれたみたいで、嬉しくなってしまう。

「続きはまた放課後ね」

本当はもっとしたい。
けれど、さすがに人のいる教室でこれ以上したら恵一が可哀想だ。
何より、その本能に従ったらきっと、悠叶の明日はない。
本音を笑顔の裏に隠して、パッと体温を手放して逃げるように身体を引いた。
カーテンの外に出ようとした時、視界の隅に自分の唇に触れる恵一の指が入り込む。
その唇が──微かに笑んでいるのも。

「……やっぱ、もう一回してもいい?」

思わず足を止めた途端、「馬鹿言うな」と脛に蹴りが飛んで来た。

▼Method.2 一目惚れと初恋の場合
(犬飼真広×百瀬虎太郎)
『きみと過ごす昼休み』

そよそよと頬を撫でる風が気持ちいい。
天気のいい日にする屋上ランチは、この気持ち良さにもうひとつおまけがついてくる。
右肩にかかる重みとあたたかな体温に、真広は笑みを浮かべた。
今日も、眠る恋人は天使のように可愛い。
起きている時からは想像もつかないほどあどけなく、無垢なその寝顔を、本当はもっとちゃんと見たい。
けれど、気持ち良さそうに寄りかかっている虎太郎を起こすのも忍びなく、風にそよぐ柔らかな金髪を撫でるだけで我慢した。
前髪を指でそっと梳くと、虎太郎がわずかに身じろぎをして、真広の腕に擦り寄るように額を擦りつけた。
猫のような仕草に笑い、髪にキスをする。

「可愛いなあ」

漏れた声は小さかったはずなのに、のそりと肩から重みがなくなった。

「……寝てたか?」
「うん。ちょっとだけね。まだ昼休み中だから大丈夫だよ」
「ん……そっか」

虎太郎は、くわ、と大きく口を開けて、見た目にそぐわない豪快な欠伸を漏らす。
その名前にふさわしく、猫が虎に変身したみたいだ。

「もうちょっと寝る?」
「俺が寝てたら、真広が暇だろ」

今日は珍しく目が覚めるのが早い。
ぱっちりと開いた目に見上げられて、吸い寄せられるように目元に唇を寄せた。
触れた途端、パッと頬に赤みが差す。

「……なんだよ」
「涙、出てたから」
「だからって……」
「だめだった?」
「ダメだなんて言ってねえだろ」

拗ねたように逸らされた目元も赤くなっていた。
強気な態度はいつだって照れ隠しで、真広の胸を甘く疼かせる。

「だめじゃないなら、よかった」

わざと耳元で囁いて、形のいい耳にもキスをした。
びくりと肩を震わせたくせに、なんでもない顔をしようとしているのが可愛い。
たまには、虎太郎のほうからキスをねだってくれればいいのに。
そんな贅沢なことを考えていたら、虎太郎の身体が小さく震えていた。

「あ、ごめんっ」

考え事をしている間、虎太郎の耳を甘噛みしていたらしい。
慌てて身体を引こうとしたけれど、くん、とネクタイが突っ張って離れられなかった。
虎太郎の手が、真広のネクタイをしっかりと掴んでいる。

「……すんなら、ちゃんと口にしろっ」

潤んだ瞳と、唸るような小さな呟き。ごくりと喉が鳴った。
返事もしないで小さな唇を柔らかく食む。このまま、食べてしまいたい。
真広の欲求を見透かしたように、チャイムの音が響いた。

「……続きは放課後にしよっか」

少しだけ拗ねたような顔で虎太郎が頷いた。本当は少し、ほっとしているくせに。

「虎太郎くんって、ほんと可愛いね」

本当に、泣かせたいくらい可愛い。
柔らかく笑った真広に、純真な恋人は「かっこいいって言え」と八重歯を見せて笑った。

▼Method.3 幸福体質と不幸体質の場合
(仙波獅貴×兎山弓弦)
『きみという存在』

冬の朝は寒い。
獅貴は朝が弱いほうではないが、朝練がなければ起きたいともあまり思わない。
けれど、サボるわけにもいかず黙々と支度を整えて家を出た。
いってきます、と口にしても返事がないことにはもう慣れた。
ひとり暮らしなのだから返事などあるはずがない。
ただいま、にも返事のない日々を過ごしていたが、恋人ができてからは「おかえり」を言ってもらえる日があった。
彼の「おかえり」は、いつだって獅貴の胸をいっぱいにする。
いつか、「いってらっしゃい」も言ってもらえるようになるだろうか。そうなるといい。
そのためにも早く大人になりたいと思いながら歩いていると、すぐにその恋人が住んでいるマンションが見えて来た。
徒歩5分。こんなに近くにいるのに、朝練があるせいで一緒に登校はできない。
未練がましく白いそのマンションに視線をやっていると、「獅貴君」と当の恋人の声が聞こえた。

「……弓弦?」
「おはよう。会えてよかった」
「おはよう。こんな早くにどうしたんだ?」

紺色のマフラーに顔を埋めた弓弦が、小走りに駆け寄り隣に並ぶ。
並んで歩き出すと、窺うような視線を投げられた。

「その……迷惑だった?」
「いや、そんなことはない。ただ、この時間に学校に行って何をするんだろうと思っただけだ」
「もうすぐ試験だから、誰もいない教室のほうが勉強がはかどるかなって」
「勉強か。弓弦はえらいな」

思ったことを言っただけなのだが、なぜか弓弦は困ったような顔をしていた。

他愛もない話をしているうちに学校についてしまい、靴を履き替える。

「じゃあ、またあとでな」

道場に向かおうと向けた背を「えらくなんかないんだ」と声が追いかけて来た。
振り返ると、弓弦が俯いている。

「……どういう意味だ?」

距離を詰めて顔を覗き込もうとしたが、それよりも先に弓弦が顔を上げた。
頬が、ほんのりと上気している。たぶん、寒さのせいだけではないはずだ。

「勉強したいからって言ったけど、それは言い訳で……」
「ああ、その話か。他に何か用事があったのか?」
「……獅貴君と……」
「俺と?」

一歩、距離を縮める。
逃げられないことを確認してから、もう一歩。

「朝、一緒に学校に行きたかったから」

絞り出すように告白されて、勝手に顔が笑ってしまう。なんだ、一緒だったのか。

「弓弦」
「ごめん……、言い訳まで考えて待ち伏せしてるなんて、鬱陶しいよね」
「弓弦。キスしていいか?」
「うん。……え?」

驚きに丸くなった目を見つめてからマフラーに指をかけ、白い吐息の漏れる唇にキスをした。

「っ……! 獅貴君、ここ学校!」
「そうだな」
「廊下!」
「わかってる。でも誰もいない」

でも、と周りを見回す恋人を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
ふたりともコートを着ていて体温なんて感じるはずもないのに、こうすると温かい気がするから不思議だった。

「獅貴君……人が来ちゃうかも……」
「そうだな」

離れがたくて抱きしめたままでいると、小さな笑い声が聞こえた。

「……朝練、遅れちゃうよ」

一度強く抱き返されてから、トン、と胸を押される。
恋人の柔らかな笑顔に、身体は離れていくのに胸がポッと温かくなった。

「弓弦、今日学校が終わったらうちに来ないか?」

はにかんだ顔をまたマフラーに隠し、弓弦が頷く。
朝練が終わればすぐに教室で会えるのに、また手を伸ばしそうになって握り込んだ。
じゃあ、とどちらともなく歩き出す。

「放課後が楽しみだな」

ひとり言のような呟きに、少し遠くから「うん」と返事が聞こえた気がした。

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Astre

――広がる、満天の恋。
「Astre(アストル)」とは、ティームエンタテインメントによる新たなBLドラマCDレーベルです。
天体、星という意味の言葉で、夜空に輝く星々のように“たくさんのキャラクターたちが輝くドラマ”を展開し、
作品を聴いてくださった方々が“笑顔や涙をキラリと輝かせられる”レーベルを目指します。