アニメイト限定盤特典ミニドラマ前日談SS
『修学旅行に行こう』

羽田空港、集合場所に集められた生徒たちを目で数えてから、飛鳥恵一は小さく頷いた。

「よし、全員いるな」

集合時間まで、あと十分。
B組やC組がまだ塊り程度にしかなっていないのに対し、A組はクラス全員──遅刻常習犯である遊馬悠叶も入れて──揃っていた。
着いたそばから恵一が名前順に並ばせているので列も美しく、点呼も取りやすい。
これで、担任である宝鷹がいれば完璧だったのだが……と眉根を寄せた。
まさか担任が遅刻をするだなんて、誰が考えるだろう。
代わりに、A組には養護教諭である鹿島がついている。
飛行機に乗る前から酔ったような顔色の兎山弓弦を診てもらえて助かったが、大学生といっても通じそうな容姿の鹿島が制服の中に混じっている様子は、心配性の兄がついてきてしまったようで浮いていた。

「恵ちゃん恵ちゃん、飛行機ってビジネスクラス? それともファーストクラス?」

なぜか空港で売っている土産をすでに手に下げた悠叶が、熱心に読んでいた旅行ガイドから顔を上げる。
名前順に並んだところでこの男が後ろに来ることに変わりはなく、教室にいるのと代わり映えのしない景色に内心で笑った。

「エコノミーだ。何をどう考えたらそんな発想になるんだ」
「だって一生に一度の修学旅行だよ!?」
「中学のときもあっただろ」
「あれはバス! 京都までバス! 今回は沖縄で飛行機! あ、もしかして恵ちゃんって、中学でも北海道とか行った組……? それじゃあオレのこの高鳴る気持ちはちょーっと理解でき──」
「いや、中学のときは日光だった」
「何その近場。……思い出作ろうね、恵ちゃん」

テンションが高いかと思ったら、しんみりと肩に手を置かれて首を傾げる。
悠叶の思考はたまに理解できない。

「てか、まだ搭乗しないの?」
「ああ。集合時間になったら、学年主任の先生から注意事項の話があって、それからだ」
「つまりまだまだなわけね。じゃあちょっと買い物でも……」
「紐で繋がれたいのか?」
「すみませーん、おとなしくしてまーす」

念のため、悠叶のベルトにつけられる紐はないかと考えていると、列の後ろから藤田が来るのが見えた。

「委員長~、列さ、グループ順にしちゃだめ?」
「点呼は終わっているからかまわないが、どうかしたのか?」
「俺と早坂じゃ虎太郎おさえとくのもう無理ゲー」
「百瀬か……。まあ、もったほうだな。犬飼、回収して来てくれるか」

百瀬の名前が出た段階でわかっていたのだろう。
悠叶の後ろに並んでいた犬飼真広は、「うん」と言うのと同時に大股で歩いて行く。
空港内を走らない心がけは立派だが、一歩が大きいので子供なら小走りの速さになっていた。
おっとりしているようで行動が速い。特に百瀬のこととなると。

「これで大丈夫だろう」
「よかったー。あんがと、委員長。他の連中にもグループ順で並び直しって伝えとく」

心底ほっとした顔で、藤田は声がけをしながら後ろに戻っていく。
一体、百瀬が何をしようとしていたのかは、敢えて聞かないことにした。
どうせすぐに、本人が前にやってくる。

「虎太郎くん、いくら暇でもトランプはここでは無理だよ」
「トランプじゃなくてかるただっつってんだろ」
「かるたのほうが場所取るんじゃないかなあ」

思った通り、すぐに犬飼が虎太郎を連れ立って先頭に戻って来た。

「お疲れ、犬飼ちゃん。百瀬ちゃんてば、何やらかしたの?」

悠叶が手招きをし、犬飼と百瀬が後ろに並ぶ。

「なんもしてねー」
「うん。かるた出そうとして早坂くんに羽交い絞めにされてたくらい」
「へえ、そりゃまた大変だ」
「何が大変なんだ?」

止められていただけなら問題ではないだろうと口を挟むと、悠叶はへらりと誤魔化すように笑った。

「恵ちゃんにはちょっとわかんない話かなー」
「どういう意味だ。おい、犬飼。何が大変なんだ?」
「え? なんだろう。別に大変じゃないと思うよ。虎太郎くんにはあとでちょっと反省してもらうけど」
「えっ、なんでおれが!」
「あ、大丈夫。半分はただのヤキモチだから」

犬飼に笑みを向けられた百瀬の顔が赤くなった。
まったく意味はわからないままだが、下手につつくと藪蛇になりそうな気がする。
そんな不穏な空気を悠叶から感じて、恵一は口を噤んだ。
ふたりを放置し、クラスメイトの様子を確認しようとしたとき、恵一の班の残りメンバーである仙波獅貴と兎山が列に加わった。

「兎山、具合はどうだ?」
「あ、ごめん。具合が悪いってほどじゃないんだ。ほんと全然、大丈夫だから」

大丈夫というわりに、兎山の顔は青い。
先ほどまでは鹿島が近くにいたはずだが、いまは仙波が横についてしっかりと腰を抱き支えていた。

「兎山ちゃんは飛行機苦手?」

悠叶が、兎山にではなく隣の仙波に聞く。
具合が悪そうなので、気遣ったのだろう。本当にこういうことはよく気がつく。
仙波も当たり前のように口を開いた。

「広い意味ではそうだろうな」
「狭い意味だと?」
「飛行機が墜落しないかと心配してる」
「へ? いやいや、確率的に交通事故に遭うより低いよ?」
「弓弦は心配性だからな」

心配性のレベルを越えている気はするが、兎山の顔色からいって確率論を説けばいいという問題でもなさそうだ。
百瀬ですら、心配そうな顔をしている。
まるで話は聞いていなかったようだが。

「なんだよ、兎山。飛行機乗る前から酔ってんのか?」
「え、いやそういうわけじゃ……」
「仕方ねーな。梅干し持ってきたから分けてやるよ」
「虎太郎くんの梅干し、自分で漬けてるだけあっておいしいよね」
「自家製!?」
「おう。今年は梅が小ぶりだけど、味はいいぞ」

兎山は迷ったそぶりを見せながらも、差し出された小瓶から梅干しをもらっていた。
梅干し効果かはわからないが、多少顔色もよくなった気がする。

「兎山、体調に不安があるなら、飛行機でも隣に鹿島先生に座ってもらうか?」
「ありがとう、飛鳥君。でも隣は獅貴君のほうが、本当に墜落したとしてもクラスみんなの生存率が上がる気がするから」
「……いまのままがいいってことだな」
「うん」
「弓弦、大丈夫だ。万が一落ちても無人島に着陸くらいはする」
「そうだよね。獅貴君も乗ってるんだもんね」

普段、兎山と会話がかみ合わないことはあまりないのだが、仙波が加わると途端に意味がわからなくなるのはなぜなのだろう。
恵一はそれ以上考えるのはやめ、腕時計に視線を落とした。
あと五秒で集合時間、というところでようやく宝鷹が姿を見せた。

「おー、そろってるな。飛鳥、全員か?」
「宝鷹先生で、最後です」
「優秀優秀。ん? なんで鹿島先生が混ざってるんだ?」
「宝鷹先生がいらっしゃらなかったので」
「あー、なるほど」

ほんの一瞬、宝鷹が顔をしかめた気がしたが、すぐにいつものやる気の感じられない表情に戻った。
見間違いだったのだろうか。

「なあ、飛鳥。こういう場合、一応礼は言うべきだと思うか?」
「言ったほうがいいと思います」
「宝鷹ちゃんって、鹿島ちゃん苦手なの?」

からかうような口調で言った悠叶を、宝鷹は面倒くさそうに一瞥する。

「誰もんなこと言ってないだろうが」
「言ってないけど、そんなオーラ出てるよ?」
「あんま余計なこと言うんじゃねえよ。面倒ごとが増える」
「それは担任が遅刻してくるより面倒なこと?」
「あー……」

いつの間にか戻って来ていたらしく、鹿島が宝鷹の後ろに立っていた。

「いくらA組はまとまりがいいと言っても気を緩めすぎじゃないの」
「はいはい。すみませんね」
「お礼は夜の見回り一回分で」
「そうくると思ったんだよ。はー……一時の快楽は結局つけが回るよなあ」
「……じゃあ、俺は戻るから」
「ありがとうございました、鹿島先生」

結局、礼を言わなかった宝鷹の代わりに恵一が頭を下げると、鹿島は宝鷹に見せていた冷めた表情を一変させ、柔らかく笑んでから教師陣たちのほうへ歩いて行った。

「あれだ。苦手なんじゃなくて、嫌われてるんだ?」
「遊馬、ホテルで補修したいかー?」
「えええ、宝鷹ちゃん横暴!」

恵一はあまり保健室に行ったことがないので鹿島とは接点がないのだが、それでも、生徒に接するときと宝鷹に接するときとで差があることには気づいていた。
教師同士でもいろいろあるのだなと思っていると、視界の端に学年主任の教師が中央に歩み出てくる姿が入り込む。
ようやく、挨拶が始まりそうだ。
前に向き直りながら、恵一はちらりと自分の班のメンバーに視線をやった。
悠叶、犬飼、百瀬、仙波、兎山、そして自分。この六人で、四泊五日。
何事もなく済むとは、行く前から思っていない。
せめて悠叶の手綱だけでもしっかり持っておこうと、心に決めた。
その悠叶こそ、自分にとっては一番の曲者だと痛感するとは思いもせずに──。

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Astre

――広がる、満天の恋。
「Astre(アストル)」とは、ティームエンタテインメントによる新たなBLドラマCDレーベルです。
天体、星という意味の言葉で、夜空に輝く星々のように“たくさんのキャラクターたちが輝くドラマ”を展開し、
作品を聴いてくださった方々が“笑顔や涙をキラリと輝かせられる”レーベルを目指します。