SPECIAL

1周年記念イラスト&SS

1st ANNIVERSARY SPECIAL STORY CASE6 コーシ



 アルクから程近い入り組んだ裏通りにある小さな公園。
 胸の内ポケットから煙草を取り出しながらベンチに腰を下ろすと、慣れた手つきで火をつけ背を預けて空を仰いだ。
 視界に広がるのは、俺の気分とは裏腹に、青く澄んだ晴天。
 深呼吸するようにゆっくりと煙を吸い、少しでも嫌な気分が軽くなるように吐き出した。
 くゆる煙は空に溶け、静かな時間が流れる。

(戻ったらアレ片づけなきゃだよなぁ……)

 アレ、というのは、会議を終えて戻った執務室で、今にも雪崩そうな状態で机の上で不安定に積みあがった書類と端末のこと。
 あまりの光景に、思わず何も見なかったことにして、ゆっくりと閉め、そのままこの箱庭に来た。

「はぁー……」

 煙と共に長い溜息が出る。
 現実逃避だとは分かっているが、予定時間を大幅に超えた会議の後、追い打ちをかけるような書類の束は正直見たくなかった。
 時計を確認すれば、昼休憩はとうに過ぎている。
 祭りが終わったばかりで、諸々の報告や会議が増え、書類が大量に送られてくるのはわかっていたが、実際目の当たりにすると気がめいる。
 残業が確定したも同然であるが、さっさと期限別に仕分けをしないと帰宅すら困難になりそうな量だった。

(戻るかぁ……)

 懐中時計にも似た携帯灰皿に煙草を押し付けて消し、重い足取りでアルクへと戻る。

 意を決してドアを開け、積みあがっている書類に始める前から疲労感を感じつつ、席についた。
 データ端末を除け、書類の束を確認する。日付を分け、目を通し、確認のサインを記していく。


 淡々と処理していくうちに、集中力が切れてしまった。
 処理済みの束と未処理の束を見比べてしまったのがいけなかったのだろうか。
 終わりの見えない書類に大きな溜息が漏れた。

「はぁ……減らないか……毎年のこととは言え、もう少し何とかならんのかねぇ……」

 ぼやいても仕方ないと解っていても、文句は言いたくなる。
 一旦切れた集中を戻すのは容易ではなく、あきらめて休憩をしようとペンを転がす。
 ぐったりと机に突っ伏し軽く目を閉じると、直ぐにノックの音が鳴った。

「……どうぞ」

 仮眠を邪魔され、少し怒気を含んだ声で返せば、ジンがいつものように事務的な能面顔で、追加の書類を手に入ってきた。

「お嬢の方は終わってるのか?」
「えぇ、終わってますよ。この後、城までお送りします」
「了解。あぁ、お嬢にコレもってけ」
「……飴ですか?」
「飴だな。実家からお嬢にって送ってきたんだが、ここ数日俺もお嬢も執務室詰めだろ」
「そうでしたね。承知しました。姫にお渡ししておきます」
「使って悪いな。とりあえず、お疲れさん」
「お疲れ様です。失礼します」

 ジンが瓶詰キャンディを持って出て行くのを見送り、再度仮眠でも取ろうかと思ったが、眠気など無くなっていた。
 手持無沙汰となり、何気なく手にしたメモで空挺を折りはじめ、ひらりと飛ばしてみる。
 完全な現実逃避だが、意外にも楽しい。
 提出書類の中から必要のない紙を選びいくつも作っては飛ばし、飛距離をどうにか伸ばそうと試行錯誤を始めた。

『隊長、入ります』

 返事をするよりも先にドアが開き、散乱する紙空挺に一瞬の間。

「あ、いや、これはそーだな……」
「……隊長」

 低く響いたジンの声に、腹を括り事実を伝える。
 弁明は逆効果だと良く知っている。

「えー……ちょっと疲れたから気分転換……」
「姫が残業になってしまった隊長に差し入れを、とせっかくお茶菓子をくださったのに、これは何ですか?」

 入口で仁王立ちしているジンの表情は先程の優秀な参謀らしいものは消え失せ、片眉をあげて苛立ちが色濃く浮かんでいた。
 こうなってはもはや俺に隊長の威厳などない。
 執務机で小さくなり俯く以外の選択肢はなく、説教を延々聞かされるのだった。


END